Pink Guerrilla - 桃色ゲリラ

増山麗奈が代表を務める世界平和を訴えるアート集団。2003年3月、イラク戦争開戦前夜に結成された。ピンクのビキニコスチュームで颯爽とデモにニュースにお騒がせをする。展覧会や路上パフォーマンスなどを東京、ソウル、ベルリンなどで各地で繰り返し、総勢150名ほどの人が、デモやパフォーマンスに参加した。音楽、絵画、イラスト、ウェブ制作、舞踊、等、様々なジャンルのアーティストが参加する。
桃色ゲリラ公式WEBサイト:http://www.gameni.org/momoirogerira/

桃色ゲリラはアメノウズメである

カトー散人

アメノウズメといっても、日本神話を学校で習わない今の日本人には、何のことやら分からないかもしれない。太陽神アマテラスオオミカミがご機嫌を損ねて天の岩戸に隠れてしまわれ、世の中が真っ暗になってしまったときのことである。若い女神が肌もあらわに踊ったところ、かがり火に浮かぶそのエロチックな姿に神々が大笑いし、何の騒ぎかとアマテラスが岩戸をそっと開けて覗いたので、世の中に光が戻ったという。その踊る女神がアメノウズメである。古い歌に「日の本(ヒノモト)は岩戸神楽(イワト・カグラ)の昔より、女ならでは夜の明けぬ国」(日本は古代から女でなけりゃ夜明けを迎えることもできない国)とあるのは、この話に基づいている。

ヘソ出しギャル・スタイルで桃色ゲリラがイラク戦争反対の集会に出現したとき、私はこの露出狂のトリックスター、アメノウズメノミコトを想い起こした。アメノウズメは太陽神の権威を恐れず、笑いをとって硬直した精神や制度に一瞬にして風穴を開けることに成功した。しかし、桃色ゲリラはそうはいかなかった。彼女たちの出現に、右や左の人々はマスコミ受けをねらっていると眉をひそめ、性を売り物にしていると非難し、愛国少年は夜も眠らずコンピューターに向かってバッシングの文章を打ち続けた。

そうした言説に共通したトーンは、このような破廉恥なスタイルをする「女の子」は、何も考えてない、身体だけでアタマは空っぽ、単に目立ちたいだけ、という根強い先入観である。確かに、目立ちたがり屋の集団で、「桃色ゲリラ」というチープなネーミングにせよ、コスプレまがいのコスチュームにせよ、「可愛くなくっちゃ始まらない、こんな反戦見たことない」というコピーにせよ、すべてがマンガチックである。それは、反戦運動にとっては型破りであったかもしれない。しかし若い女性アーチストである彼女たちにとっては、日常的に身についた感覚と「女の子」の型にのっとって、彼女たちの政治的メッセージを表現しようとしたまでである。彼女たちは決して高みからは語らない。自分たちの目線で物事を見て、確かに感じられる範囲で語ろうとする。彼女たちの言葉は肉体をもっているのである。

そうした言葉と行動の思想的未熟さを指摘する向きもあろう、持続性を疑う向きもあろう。当たっている面もあるが、果たしてそれだけであろうか。右であれ、左であれ、権力的になればなるほど、自分の思想と行動を一つの閉ざされた体系にまとめてしまいたがる。そうした硬直した局面をやわらげるには、幕末の「ええじゃないか」のように支離滅裂な形であっても、少しでも自分たちの経験の場に近づけて、別の局面に誘うしかないのではないか。桃色ゲリラのやろうとしたことは、そういうことではないのか。反戦運動の盛り上がったあの時期、渋谷のセンター街のど真ん中、アメリカの象徴、マクドナルドの前で、死の演技ダイ・インを決行した彼女たちは、アスファルトの地面に横たわって、傍らを無視して通り過ぎるルーズソックスの女子高生たちにも何かを伝えようとした。結果は空しかったかもしれない。でも彼女たちの経験に根ざす行動力と想像力とを、あの時、あのような形で発揮したのは、貴いことではないのか。

雑誌『世界』や『朝日新聞』で、「ハードなデモか、ソフトなパレードか」という議論が紹介され、いわばソフトな側の象徴として桃色ゲリラもイメージされた。しかし、パレードの先頭を行く彼女たちではなく、ヤングの街でダイ・インする彼女たち単独の直接行動を見れば、彼女たちはそうした枠組みの議論からも遠く独り離れたところに立っているように見える。そして、短い政治の季節を終えた今も、彼女たち一人ひとりが日常世界にあって、桃色ゲリラ魂をもって、来るべき世界に向けて挑戦し続けていることと信じる。

アマテラスオオミカミは、「いかにぞアメノウズメノミコトかくえらくや」(なんでアメノウズメはこうもえらいのだ)と言ったという。ただし「えらく」は「偉く」ではない。漢字で書くと、口偏に虐という変な字と楽の2文字で、「喜んで楽しみ笑っているさま」だそうだ。私も桃色ゲリラに対して、そういう感想をもつ。日本が夜明けを迎えられるとしたら、彼女たちのような若い女性の一見おバカなパワーに期待するしかない――楽観でも悲観でもなく、私はそう思う。

Copyright © 2005 Rena Masuyama All Rights Reserved. info@renaart.com
Copyright © 2005 Rena Masuyama All Rights Reserved. info@renaart.com
SITE MAP - サイトマップ ABOUT THIS SITE - このサイトについて CONTACT ME - 増山麗奈へメール